誠に悲しいお知らせを、学会員のみなさまにしなければなりません。
元京都大学総長、元国立国会図書館長、そして本デジタルアーカイブ学会初代会長の長尾真先生が、かねてより病気療養中のところ、2021年5月23日にご逝去されました。
いうまでもなく、長尾先生の存在なくしてはデジタルアーカイブ学会の誕生はあり得ませんでした。長尾先生は、もちろん自然言語処理や人工知能の分野での多くの先駆的なご業績や世界の第一線に立つ研究者の育成から、京都大学総長としての国立大学全体への多大なご貢献、国立国会図書館長としての図書館デジタル化への先導的な取り組みと、その人生を通じて他の何人も成し得ない偉大な達成をなしてこられました。
そして、私たちにとって誠に有難かったのは、長尾先生が2012年に国会図書館長を退任されてから、デジタルアーカイブ分野で私たちに力を貸してくださったことです。
私どもデジタルアーカイブ学会は、長尾先生の導きを得ることで、学会を順調にスタートさせ、これを発展軌道に乗せていくことができました。多様な分野の多士済々が結集することができたのも、長尾先生という偉大な柱があり、その長尾先生を深く尊敬する点において、すべての学会員の気持ちは一つであったからです。
長尾先生は、2018年に文化勲章を受けられましたが、その際、私は学会誌で、私たち学会員の多くが長尾先生の後ろ姿を見ながらデジタルアーカイブの重要性に気づき、この学会設立へと導かれてきたことに触れました。1990年代から長尾先生が示されていた「電子図書館アリアドネ」構想は、その後の電子図書館、そしてデジタルアーカイブが進むべき道をいち早く指し示していました。今日、デジタルアーカイブ学会が依って立つ潮流は、こうして長尾先生が作ってきてくださったものです。そんなすべての感謝の思いを込めて、この春に私どもは、長尾先生を本学会の名誉会長とさせていただいたばかりでした。
長尾先生は一昨年、『楽天知命』というご本を出されました。「楽天知命」とは易経にある言葉で、修練に励み、自分の天命を知り、天職を得れば、すべてを楽しむことができるようになるということだそうです。この本の中で、長尾先生は、中学生の頃に思い悩むことがあり、その精神的危機を越える中で、自分を無にし、空にし、自他のない世界を生きることが大切という結論に達したと書かれています。そこから先は、まったく迷わなくなり、電子工学から自然言語処理、電子図書館へと向かっていく道程を歩まれました。
長尾先生はもともと神職の家にお生まれになられていますので、たしかにこうした言葉がぴったりくるところがございました。先生は、まさに天命(あなたはこういう風に生きなさいという天からの命令のこと)を知り、天職を全うされた方だと思います。
敬愛する先生の訃報に接し、デジタルアーカイブ学会員一同、深い悲しみでいっぱいですが、長尾先生のこれまでのご指導、ご支援に心からお礼を申し上げるとともに、謹んで哀悼の意を表します。
デジタルアーカイブ学会会長 吉見俊哉