このほど、初代学会長の長尾真先生の後を継ぎ、学会長を引き受けさせていただくことになりました。長尾先生のような知的巨人の後を継ぐのは、大変光栄であると共に、十分に役が果たせるか心許ない面もありますが、本学会の立ち上げに関与した一人として、引き続き会員のみなさまの協力を仰ぎつつ、精一杯の努力をさせていただきたいと思います。
まず、「なぜ、デジタルアーカイブ学会か」という問いに立ち返ってみることにしましょう。この問いは、私たちがどのような時代を生きているのかという時代認識と、そのなかでデジタルアーカイブは何をすべきなのかという使命についての認識と不可分です。
言うまでもなく、私たちは今日、数百年に一度というパラダイム転換の時代を生きています。もちろん、変化の主因の1つは紙からデジタルへの転換です。インターネットからデジタルアーカイブまで、水平的なフローとしても、時間を超えるストックとしても、この転換のなかで情報は乗数的に爆発し、その爆発した情報を最も効果的に処理して未来を予測するためにAI技術に関心が集まります。要するに、これはDX(デジタルトランスフォーメーション)の世界で、私たちは今、今後数百年は続く変化の入口にいます。
しかし、爆発的に広がるデジタル世界は、決して閉じた自律的な世界としてあるのではありません。DXもAIも、ビッグデータも、すべて社会のなかで起きていることです。つまり、すべては法制度や経済活動、日常生活や地域社会、国や民族、境界線上の記憶や感情と結びつきながら広がっています。そのような日々接するデジタル情報の内外に広がる社会を見失うと、私たちはいわゆるフィルターバブルの内に取り込まれてバブルから外に出れなくなってしまいます。ですからここで、私たちは単純な技術決定論やイノベーション信仰に陥らないようにすることが肝要です。新しい技術と社会制度、法規範や経済の仕組み、文化秩序や学びがいかに結びついていくべきか、またいかなるリスクを回避しなければならないかを考えることが決定的に重要なのです。
本学会は、まさにそのような問題意識から、デジタルアーカイブに関するテクノロジーと法制度、産業的な仕組み、アーキビスト教育の仕組みや資格、アーカイブ関連機関の連携体制、地域コミュニティのなかでの記憶のアーカイビング等々、要するにデジタルとアーカイブと社会のトライアッドな関係のなかに生じるあらゆる課題に挑戦してきました。
時代の要請もあり、長尾会長の下で本学会はこれまで順調に発展してきました。設立からまだ4年しか経っていませんが、会員数はすでに600人を超えています。すでにいくつもの部会や研究会が設立され、その活動の広がりには目を見張るものがあります。それら活動の個々の成果も続々と出ていますし、本学会が基盤となって叢書『デジタルアーカイブ・ベーシックス』(勉誠出版)も4巻が刊行され、大変好評です。このシリーズは、私たちの学会の学問的基盤を広く世に問うものとなっていくと確信しています。
この4月に長尾会長から会長職を私が引き継がせていただき、これから本学会はいわば第2ステージに入ります。そこで解決すべき具体的な課題がいくつかあります。第1は、全国の大学大学院で学んでいたり、アーカイブ機関や研究機関に就職して仕事を始めていたりするような若手研究者の学会員をもっと拡大させていくことです。現在、学会では、若手・中堅を中心にSIGとして理論研究会が活動しており、デジタルアーカイブ分野の理論的基礎に挑戦していますが、このような活動をもっと深めてデジタルアーカイブ研究をアカデミックなフィールドとして確立していく必要があります。
第2に、学会員の広がりを、より本格的に日本全国化していく必要があります。現在、本学会には北海道から沖縄まで、全国でデジタルアーカイブに関与する研究者や実務家の方々が参加してくださっていますが、それでもまだ東京圏に偏っています。これは、人口や研究教育機関、情報産業が圧倒的に東京一極集中になっている日本の現状を反映したものでもあるのですが、デジタルアーカイブの重要な使命の1つは、日本列島に無数に点在する町々、村々、地域の記憶を保存し、再生させ、活用することで、あまりにも東京に一極化しすぎた社会をリバランスしていくことでもあると、私は考えています。東京圏以外の地域での研究や実践を促進していくことに、本学会もまた注力していくべきでしょう。
第3に、産業界の実務家の方々との連携をさらに発展させ、そこから様々なビジネスや社会貢献的事業が生まれてくる仕組みを整備する必要があります。すでに本学会には、多くのデジタルアーカイブ関連企業から実務家のみなさんが参加してくださり、最先端の知の実践的な交流の場が生まれてきました。これをさらに発展させ、国から地域までにとって価値ある実践的な成果が生まれてくる場に本学会をしていきたいと思います。
そして最後に、大きく残されているもうひとつの課題に、本学会の国際化があります。言うまでもなく、デジタルアーカイブの発展や研究の深まりは全世界的な流れで、欧米では多くの理論や実験、実践が展開され、学会的なネットワークも樹立されきました。そのようなデジタルアーカイブに関する国際的な学術ネットワークの日本におけるハブとして、本学会を対外的にも位置づけていくべきです。そのためには、学会の多言語化を進めつつ、海外の研究者や研究機関との交流や連携をもっと強めていく必要があるでしょう。
以上の4つの課題の他にも、本学会が取り組むべき課題は多々存在するでしょう。ここでは触れませんでしたが、ジェンダーバランスや若手人材のキャリアパスの問題も非常に重要で、これらは本学会に限らず、今日の日本のほぼすべての学術分野が抱える課題です。本学会のこれまでは、スタートアップから飛躍への4年でした。これからの数年間は、諸々の課題を視野に入れながら、学会の基盤を確たるものとし、深め、広めていく段階だと思います。どうか、学会員のみなさまの自由闊達なご協力を心からお願いいたします。