第 2 回学会賞授賞理由

◆功労賞

◆松浦啓一氏(国立科学博物館 名誉研究員)

松浦啓一氏は、地球規模の生物多様性関連データを各国ならびに各機関で分散的に収集し、インターネットを通じてデータ利用を可能にしたGBIF(Global Biodiversity Information Facility)の設立当初より深く関わってきた。さらに、国内ではGBIF日本ノードやサイエンスミュージアムネット(S-Net)を、多くの自然史博物館や大学と連携して構築し、当該研究分野の発展に大いに寄与した。インターネット公開したデータベースの正確性とデータ共有、標準化データ採用に至る手法や考え方等、GBIF等における各種活動は、今後活発化する様々な分野のデジタルアーカイブ構築において先駆的な研究事例として大いに参考になるであろう。また、日本における自然史系最大のデジタルアーカイブであり、市民参加型でもある魚類写真資料データベースの構築も注目に値する。
これら、生物多様性関連情報の理解促進のため、デジタルアーカイブの構築・活用に努められた松浦啓一氏にデジタルアーカイブ学会功労賞を授与する。

◆実践賞

◆国立公文書館アジア歴史資料センター

アジア歴史資料センターは、国立公文書館、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所戦史研究センターから、デジタル化されたアジア歴史資料の提供を受け、デジタルアーカイブを構築して公開している。1995年に設立の提言があり、2001年から開設されたデジタルアーカイブの老舗である。早い時期から引用ルールを公開し、また公文書を対象とするという特性を活かして、内容欄には頭書から300文字を入力してフリーワード検索に対応するなど、今にも通じる発想が取り入れられている。さらに「インターネット特別展」や「アジ歴地名・人名・出来事事典」の充実、さらにナビゲーション機能「アジ歴グロッサリー」を開設するなど、利活用についての工夫を積極的に行っている点も評価できる。
日本のデジタルアーカイブの展開に重要な役目を果たし、現在も活動を続けている点を評価し、デジタルアーカイブ学会実践賞を授与する。

◆沖縄県及び(公財)沖縄県文化振興会(沖縄県公文書館)

沖縄県公文書館は、日本の自治体立の公文書館のなかでも特にデジタルによる資料収集と提供に力を入れている。群島によって構成される県のために、県民サービスという意味合いも強い。さらに沖縄の歴史性にも規定され、その対象範囲もアメリカ公文書館所蔵資料や政治家の日記、さらに地域資料などに及ぶ。また2013年度から開始された、沖縄県公文書館が所蔵する琉球政府文書を対象にした「琉球政府文書デジタル・アーカイブズ推進事業」によって、大量の行政文書がデジタル化され公開されていることは、特筆に値する。
長年の蓄積によって、日本の公文書館のデジタルアーカイブの先鞭をつけた点を評価し、デジタルアーカイブ学会実践賞を授与する。

◆小城藩日記データベース

本デジタルアーカイブは佐賀大学附属図書館に所蔵されている小城鍋島家の「日記目録」の記事を対象としたものである。資料の性質上、藩政のみならず、地域の動向を一定の視点から長期にわたり記録していることがその特徴となっている。また、各種機関との連携の上に構築されたデジタルアーカイブは、利用規約等の明示、検索機能の充実、LODやIIIFへの対応、非常に多様なデータセットの充実、参考文献の充実、など現在考えられるデジタルアーカイブの要素を適切に構成したものとして高く評価できる。
地域に根差したデジタルアーカイブ構築の模範例として評価できるため、デジタルアーカイブ学会実践賞を授与する。

◆神崎正英氏(ゼノン・リミテッド・パートナーズ 代表)

神崎氏は、今やデジタルアーカイブの基幹技術となったセマンティックWeb・RDFについて基礎的な書籍をいち早く刊行するとともに10年以上にわたってウェブでの関連情報発信を継続してきた。同氏のウェブサイトは研究者からプログラマに至るまで幅広い人々に参照されている。そうした普及活動の一方で、IIIFにおけるAVメディアへの対応などデジタルアーカイブに関わる仕様の策定にも貢献している。さらに、近年は、そうした活動を背景としてジャパンサーチの設計にも関与し、日本のデジタルアーカイブの基礎を文字通り構築した。
これら、デジタルアーカイブの重要な技術仕様に関する策定、普及及び実装への多大な貢献に対し、デジタルアーカイブ学会実践賞を授与する。

◆日本ラグビーフットボール協会

2019年に行われた2019ラグビーワールドカップ日本大会で日本代表はベスト8を獲得した。その背景には、練習や試合の状況を記録した膨大な映像やデータを適切に分析し、チームに適切にフィードバックすることで、選手の特性把握やより効率的な練習プログラムの作成、さらに実践におけるプレー予測や試合中での戦術変更に活かすなど、アーカイブされたデジタルデータの適切な活用がある。また、大会への準備過程のなかで、貴重な書籍や雑誌、写真、新聞スクラップなどの資料を整理し、「日本ラグビー・デジタルミュージアム」を構築して、日本ラグビーのこれまでの道のりを世界へ発信した。
これらの活動は、デジタルアーカイブの新しい展開として注目される事例と言えるため、デジタルアーカイブ学会実践賞を授与する。

◆学術賞(研究論文)

◆東日本大震災の事例から見えてくる震災アーカイブの現状と課題
柴山 明寛, 北村 美和子, ボレー セバスチャン, 今村 文彦
デジタルアーカイブ学会誌. 2018年2巻3号, p.282-286.

2011年に発災した東日本大震災はデジタルアーカイブを巡る議論にも大きなインパクトを与えた。当該論考は、様々な機関・団体が構築したデジタルアーカイブのについてまとめると共に、自治体における震災デジタルアーカイブの課題を明らかにしたものである。発災後数年が経過した段階での状況をまとめた論考として貴重であるとともに、指摘されている収集範囲や利活用へのハードルなどは、震災デジタルアーカイブのみならず、デジタルアーカイブ全体の状況への指摘としても正着なものといえる。
デジタルアーカイブの学術的検討をより推し進める重要な論考と思慮されるため、デジタルアーカイブ学会学術賞(研究論文)を授与する。

◆くずし字認識のための Kaggle 機械学習コンペティションの経過と成果
北本 朝展, カラーヌワット タリン, Alex Lamb, Mikel Bober-Irizar
じんもんこん2019論文集. 2019, p.223-230.

デジタルアーカイブの技術発展において、機械学習用データセットの公開は実装に必要な資源の提供となるとともに、実装の比較をするための基盤として重要な役割を果たしてきた。本論文は、さらに、期間限定で機械学習モデルを提案しあうコンペティションである「Kaggle 機械学習コンペティション」を活用することでコンペティション参加者による技術発展をもたらすという新たな手法について、くずし字の認識をテーマとした実践を元に、その具体的な手順や注意点を紹介している。
デジタルアーカイブの利活用に関わる技術発展を促進する、新たな試みの報告として重要な論考と思慮されるため、デジタルアーカイブ学会学術賞(研究論文)を授与する。

◆学術賞(著書)

◆【最優秀賞】コミュニティ・アーカイブをつくろう! : せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」奮闘記
佐藤知久, 甲斐賢治, 北野央著
晶文社, 2018.1

東日本大震災の直後にせんだいメディアテークに設置された「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の「中間報告」としてまとめられたのが本書である。デジタル技術の進展による記憶のあり方の変化を前提に、記録の作成過程とアーカイブズ構築の過程が示されている。発災前から行われてきた活動がどのように活かされたかが整理されるとともに、多様な映像の作成過程を丁寧に描き、さらに利活用の工夫を跡付け、それらを通してアーカイブは誰のものか、を考察している。それにより、大震災後という危機的状況のみならず、日常にも通じる形でコミュニティ・アーカイブの意義を問うている。実践的、また理論的にデジタルアーカイブ構築の過程を記述した特筆すべき成果と考える。
以上から、デジタルアーカイブ学会学術賞(著書)を授与する。

◆権利処理と法の実務
福井健策監修、数藤雅彦責任編集(デジタルアーカイブ・ベーシックス, 1)
勉誠出版. 2019.3

デジタルアーカイブ学会による「デジタルアーカイブ・ベーシックス」シリーズの第1巻である。知財関係の研究者や弁護士、さらに様々な機関等の担当者からの、デジタルアーカイブにまつわる諸権利に関する論考がまとめられている。権利問題の概観からはじまり、理論的には保護期間満了の判断基準や肖像・プライバシーなどの課題を論じ、実践としては国立公立機関のデジタルアーカイブ構築や、アニメアーカイブ構築の課題点などについて論じている。いままでそれぞれに蓄積があった法学的追求と現場知をつなぎ、デジタルアーカイブ全体の発展に大いに寄与するものと思慮される。まえがきにある「俯瞰図とガイドラインを目指した」という目的を達し、活用価値の高い書籍と言えよう。
以上から、デジタルアーカイブ学会学術賞(著書)を授与する。

◆ネット文化資源の読み方・作り方 : 図書館・自治体・研究者必携ガイド
岡田一祐著
文学通信. 2019.8

インターネット環境をはじめとする情報技術の進歩と発展は著しく、文化資源を扱う施設や学術分野では、これらの技術を用いたデジタルアーカイブや関連研究が世界規模で活発化している。本書は,インターネットメールマガジン『人文情報学月報』の2015年4月から2018年12月までに掲載された記事をもとに編集された書籍であるが、その時々で注目されたデジタルアーカイブに関連する技術や方法論、取組み等を幅広く概評し、これらの出来事を時系列順に読み進めることができる。また『ネット文化資源の読み方・作り方』という挑戦的な書名に見られるように、その内容は文化資源とデジタルアーカイブを取巻く環境を俯瞰するための手引書にふさわしい。
よって、デジタルアーカイブ学会学術賞(著書)を授与する。

◆日本の文化をデジタル世界に伝える
京都大学人文科学研究所・共同研究班「人文学研究資料にとってのWebの可能性を再探する」編 ; 永﨑研宣著
樹村房. 2019.9

日本において文化資料に関わる専門家が、Webやデジタル技術を用いてこれらの資料を扱いたいときに知っておくべき、または知っておいた方が良い情報技術とはどのようなものか、この疑問に対する回答の一つに本書が挙げられる。本書は、古典籍を中心とする紙媒体で共有されてきた文化情報を対象に、デジタルで情報を伝えるための意識や考え方から具体的な情報技術を用いた実践、そして、デジタルに移行した後にすべきことが具体的に示されている。特に、デジタルアーカイブで見過ごしがちなユーザーニーズへの対応とデジタルに対する評価の問題を論じており、本内容はデジタルアーカイブ学会でも深く議論されるべき点であると考える。
よって、デジタルアーカイブ学会学術賞(著書)を授与する。

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